トップ校合格のために必要なこと

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トップ校(青森高校・八戸高校・弘前高校)以外であれば、丸暗記だけでも突破することは可能だというお話をしました。

裏を返すと、青森高校・八戸高校・弘前高校のトップ校、本番で400点以上を目指していく生徒は暗記だけでは不可能という意味でもあります。

受験が終わってからでは決して言えないココだけの話も含めて、受験生の努力が無駄にならないように、青森県の高校入試に合った方向性をお話してみたいと思います。

失敗した先輩から学ぶ

うちの塾のLINEの友だちは2000名を越えていて、顔も知らない県内各地の受験生からメッセージが届きます。

入試が終わってから、

「全然点数が取れませんでした。あんなにがんばったのに」

という報告を毎年受けます。

受験までの勉強を詳しく聞いてみると、方向性がちょっとズレているなと感じてしまいます。もちろん本人には口が裂けても言えませんし、今までの努力は本物なのできっと自分の力になると信じています。

でも受験する前に、方向性のズレを伝えることができたらよかったなと後悔することもあるんです。

新しい学力

そのズレとは、「新しい学力」とのズレです。古い学力観のまま勉強しているということです。

時代は新しい学力へと向かっていて、青森県の入試ももちろんその方向に向かっています。それにも関わらず、古い学力観のまま勉強を進めると定期テストや模擬試験では順調でも本番でガタッと点数が落ちる可能性があります。

新しい学力とは、たとえば

正解のない問い

といったようなものです。

正解のある問いは「本能寺の変は何年に起こったか?」のような一つの答えが決まっている問いです。正解のない問いとは「本当に本能寺の変は起こったのか?」という問いです。

写真が残っているわけでもないのに、なぜ本能寺の変が起こったといわれているのか、そこを考えるのが大事なんです。

今までの教育では、「教科書にそう書いてあるんだから従え」という風に権威と圧力で逃げてきたんですね。それが古い学力と言われる理由です。

今の世の中を見渡してみると、価値観が皆バラバラで多様性を受け入れていく社会に向かっています。かつては一つの正解を設定することができましたが、今や正解など存在しない世の中になってきました。

それを反映して、正解のない問いを考える力が必要であるというのが文科省や中教審も含めた教育関係者の共通認識です。ですから、正解のない問いについて考えるトレーニングが必要なんです。

もう一つ新しい学力でいうと

言語能力

というものがあります。

わかりやすく言うと国語力ですね。指導要領では言語能力というやや難しめの用語が使われています。

青森県の入試では数学の問題が難化していると言われています。しかし、実際には数学が苦手だった生徒が入試本番で過去最高点を叩き出すことも珍しくありません。

なぜでしょうか?

ヒントになりそうなデータがあります。数学の問題に出てくる文字の数を、独自の基準で計算しました。

年度 文字数
H27 1,630
H28 1,943
H29 2,644
H30 2,378
H31 2,981

明らかに文字の量が増えているのがわかります。H27とH31では1,351字増えていて、これは原稿用紙3枚分以上の文章が追加されているということになります。

ぼくの予想ですが、文字数が増えて国語力の高い生徒が数学で高得点を取れるようになったのではないかと思っています。

数学で国語力を問われるように、科目をまたいだ「科目横断」というのがキーワードです。

フィンランドの教育や国際バカロレア校(IB校)ではすでに科目横断的なカリキュラムが実践されています。

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他者の視点

正解のない問いや科目横断的な学習に必要な能力は

他者の視点

です。

「言わなくてもわかるよね?」ではなく、言葉で一つ一つ説明していくという視点が必要だということです。

たとえば、ラーメン屋さんに二人で行ったとします。

「とんこつと味噌ラーメンの大盛りください」

と注文したらどうなるでしょうか?とんこつの大盛りとみその大盛りが運ばれてくるでしょうか?とんこつの普通とみその大盛りが運ばれてくるでしょうか?

「とんこつと味噌ラーメンの大盛りください」

はどちらとも解釈できる文章になってしまっています。このように自分の言いたいように言うのではなく、誤解が生じないような言葉を使っていく必要があります。

さきほどの本能寺の変は本当に起こったのかという疑問も同じです。ちょっとこのやりとりを読んでみてください。

A「本能寺の変は本当に起こったんですか?」
B「昔の本に起こったと書いてあります」
A「その本は誰がいつ書いたかわかりませんよね?」
B「そうですね。しかし本城惣右衛門が寛永17年に書いた『本城惣右衛門覚書』という手記にも書いてありました」
A「そうでしたか。では信用できそうですね」

このような対話を通じて、歴史は決まっていくんですね。ですから「教科書に書いてあるから」ではなくて、きちんと他人を説得できるような言語能力が必要なんです。

他者の視点に立って、正確に伝わる言語を扱う能力が求められています。

求められる才能

トップ校合格に才能が絶対必要というわけではないですが、無いとかなり精神的にキツい受験になります。

求められる才能は

勉強が楽しいこと

です。

これは勉強が好きで毎日何時間も勉強している、という意味ではありません。最初は嫌々やっていた数学が、問題が解けた時にはうれしかったというようなイメージです。

マラソンが趣味の人が10km走るのと、ダイエット目的で10km走るのとでは苦しさが違いますよね。好きで走るのは楽しいですが、ダイエットのための義務として走るのは苦しいです。

誰かにほめられるから、優越感を得られるからというような外部からの評価ではなく、勉強自体の中に楽しみを見つけられることが最低条件になると思います。

テストは氷山の一角

新しい学力のために具体的に何を勉強したらいいかと言うと、

空欄を埋める「以外」の勉強

をしてもらいたいと思います。

たとえばワークの問題を解き終わった時に、空欄を埋めたからそれで終わりにするのではなく、

「忘れそうだからノートに書いておこう」

「一応解けたけど理屈も理解しよう」

「念のためもう一回記憶しておこう」

といったように、プラスアルファの部分まで興味を広げるということです。

たとえばうちの塾である単元の授業をしていたとして、

「他にどんな問題が出ますか?」

というような質問をしてくる生徒がいますが、ぼくはその視点をすごく評価します。目の前の問題だけでなく、まだ見たことのない問題まで想像できているからです。

他にも

「違う問題で出てきたらできる気がしない」

と言う生徒もいますが、これもいい着眼点なんです。空欄を埋めてそれで終わりではなく、もう一歩踏み込んで考えているからです。

空欄を埋めること、テストの点数を取ることは氷山の一角なんですね。見えている氷山の下にはもっともっと大きな氷のかたまりがあるんです。

そして新しい学力のためには見えない大きなかたまりを勉強することが必要なんです。

だいたいの先生や親はテストの点数で判断しますから、見えない大きなかたまりまでは評価してもらえないかもしれません。ですから生徒は自分自身でほめてあげてくださいね。 もし見えない部分まで見てくれる先生に出会えたらラッキーです。その学校や塾を大切にしてくださいね。

言葉の定義

空欄を埋める「以外」の勉強の例として、ちょっとクイズを出してみましょう。次の問題と回答の中で間違いを探してみてください。結構難しいので、解けなくても構いませんよ。制限時間は30秒です。

では、間違いを探してください。

答えがすぐ見えないように、ぼくが昔飼っていた犬の画像を置いておきますね。

かわいいです。

さて、間違いは見つかりましたか?

正解は、問題文の「解きなさい」という言葉です。正しくは「計算しなさい」です。「解く」という言葉は、イコールのついた方程式の時にしか出てきません。

ちょっといじわるな問題でしたね。「解く」という言葉の定義は「解」を求めることであり、「解」とは「等式を成り立たせる値」のことです。上の式にはイコールがありませんから「解く」ということはできないんですね。

もうひとつクイズを出してみます。

(x-6)(x-3) = 0

の解は +6, +2です。

なぜ式には -6 とあるのに +6 が解なのか説明してください。

すぐに答えを書きます。いろんな表現がありますが答えの一例としては

+6 を代入すると方程式が成り立つから

ということになります。

xに+6を代入すると

(6-6)(6-3) = 0

0 = 0

となって成り立ちます。

解とは「等式を成り立たせる値」のことでした。その定義を正確に理解していると解の符号が逆になることも説明できるようになります。

「プラマイ逆の数字が解だって暗記すればいいじゃん」という意見もあると思いますが、それだと応用問題になった時や高校数学になった時につまづいたりするんです。暗記は伸びしろが少ないということですね。

トップ校に合格して、さらにその先の高校での勉強まで考えると、言葉の定義にも敏感になっていく必要があります。

「そんなのテストに出ないですよね?」

という声が聞こえてきそうですが、たしかにその通りなんです。しかしそこが大きな分かれ道です。

なぜなら空欄を埋めて点数を取るだけの勉強を人間がしていていいのか、という危機感があるからです。言われたことをやるだけならロボットやコンピュータの方が優秀ですよね。

人間に求められるのは、

指示されていないことをやる

ということなんです。

テストしか見ない人にとっては無駄に思えるような

空欄を埋める「以外」の勉強

というのが重要で、無駄に思えるからこそ

勉強が楽しいこと

が前提条件となります。

トップ校合格のために必要なこと
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三國 清志
青森市出身、青森高校55回生。TCS認定コーチ。のんびり自由に塾を運営しています😄フィンランド、スウェーデンに教育視察に行きたい🇫🇮サウナも行きたい👀
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